宝塚的『理想の夫』ことジェントルライアー 感想

もともとオスカーワイルド原作 “An Ideal Husband”(理想の夫) が大好きなのでとってもとっても楽しみにしてた今作。劇場でみられなかったのは残念だけれど、なんとか幕が開いてこうして配信で楽しめたことが本当にありがたいしよかった。上演を知ったときに、宝塚で理想の夫をやるんなら絶対に主演はアーサーだ!と思ったらその通りだったので嬉しかったです。作中一番かっこいいのはアーサーだもんね。この作品が主役を変えて宝塚歌劇団という場所でどう潤色されるのか物凄く楽しみにしていました。

余談なんだけど、この作品の邦訳書はこれまで絶版になっていて今回の上演でなんと二十二年ぶりに復刊。私は昨年の一時期今作の邦訳書が必要になって血眼になって探していたから、物凄くびっくりしてしまって。あと一年上演が早ければなあなんて思いました。絶版書を復刊させる宝塚パワーが凄い。今後この本が必要になった人は手を伸ばしやすくなるし、『ジェントルライアー』様々。それだけでこの作品が世間に及ぼした影響って大きいです。

 

肝心の作品の話。この作品は女性陣が好きなので女性陣中心の感想になります。

全体的にどちらかというと映画を意識しているのかなというのが最初の印象。特に、ガートルードとチーブリー夫人のお二人。

ガートルードがあんまりにもイメージぴったりで登場した瞬間にびっくりした。清廉で嘘なんて吐いたことがありません、汚い世界のことも知りませんってお顔をしていて、ブロンドの髪と綺麗なブルーのドレスがよく似合っている。勿論お芝居も、潔癖すぎて付け入られる隙のある危うさがあって、まさに私のガートルード像そのもので。だからこそ最後に嘘を吐いたところの面白さが際立っていてよかった。「新しい女」のシーンは正直入らないかなと思っていたので盛り込まれていたのはよかったんだけど演出が……。男性陣の反応があんな感じなのは時代背景を踏まえてもまあ飲み込めるとして、レディ・マークビーが運動に参加したあとに「お恥ずかしいわ。『こんなところ』をみられてしまって」といった台詞があったのが残念だなと思いました。ここ、楽曲がとても好きだっただけに残念。女性参政運動にガートルードが参加しているという点が加わると彼女とミセスチーブリーの対比が増すので入れてくれたのは感謝です。

 

チーブリー夫人はまず原作の描写通り「ヴェネツィア風の赤毛」だったのでにこにこしてしまった。映画はモノクロだからね……。髪型とかドレスとかがかなり映画っぽいなと思った。ガートルードとは違って襟が大きくあいた真っ赤なドレスを着ているのがいいな~ってテンションあがりました。理想の夫の中で彼女が一番お気に入りのキャラクターです。まっとうな方法で政治に関わろうとするガートルードに対し、男を脅して裏から政治を操らんとするチーブリー夫人。狡猾で野心があって女性版ダンディズムを生きる彼女が凄く好きなんだけど、彼女に関しては一番好きなシーンが削られてしまっていたのが残念でした。アーサーの邸宅での駆け引きのところ。本来はアーサーが自力でロバートのために手紙を取り返して、切り札がなくなったチーブリー夫人が「水を取ってきてくださる?」と言って用意してもらっているあいだにガートルードからの手紙を盗むといった流れ。一度切り札を失ってもただでは起きないところ、水はただアーサーの気を逸らしたかっただけなので頼んでおきながら結局飲まないところなど、このシーンに彼女の細かい気質が詰まっていて大好きだったので残念だった……。タイトルにある「ゲーム」という言葉に沿って物語をより分かりやすく盛り上がるポイントを作ったのはわかるんだけど……。ここのアーサーの機転も彼の魅力を深く表しているシーンで好きなんだけどな。それはそうと一枚の手紙をもって二人が対峙するところは照明演出が光っていて「絵の強さ」がよかった。

このへんのこともあってチーブリー夫人のラストシーンも呻いてしまった。自分で手紙を差し出すのか……。でも、ラストの台詞を聴いて少し納得した。彼女はまだアーサーに情が残っている「ローラ」なんだなって思って。

この辺りは私が面倒な原作ファンかましているだけでお芝居も作品を俯瞰でみたときのバランスもめちゃめちゃよかったです。紫りらさん、代役だなんて信じられないくらい見事にチーブリー夫人を演じていらして素晴らしかったです。特に、ガートルードの手紙を読み上げるシーン。拍手しそうになった。アーサーが読んだ時はなんてことのない手紙なのにチーブリー夫人の声で読まれると途端に邪に感じて、そう、こういう人だよねって。チーブリー夫人がチーブリー夫人たる所以の表現が最高。一幕の終わり、アーサーではなくてロバートの方をみているのも好きです。獲物を狙う蛇みたいで。

「もうローラとは呼んでくださらないの?」「その呼び方は嫌いだから」「昔は好きだったくせに」「だから嫌いなんだ」のやり取りがしっかり入ってたのも嬉しかったです……!この短いやりとりで二人の過去の関係を表すオスカー・ワイルドの台詞選びの気取った感じだ大好きで、ここめっちゃテンションあがった。本来はもっと後半でするやりとりだけど序盤にいれることで二人の関係をきっちり匂わせていくのは潤色が上手いなと思った。

 

あと、メイベルが超かわいくって……! 正ヒロインだよ……!! ずっとヒロイン誰にするんだろう問題は気になってたけどやっぱりメイベルだよね……! 約束をすっぽかされる下りを前半にいれることによってこの二人の関係構築もしっかりしていくので、描き方がやっぱりうまいって唸ってしまった。原作だと、メイベルがアーサーのことを好きなのはロンドン中に知れ渡っていて、なんとなくアーサーもメイベルに惹かれているというのは周知の事実っぽい、みたいな文章はあるんだけどメインがロバートとガートルード周辺のごちゃごちゃだからこの辺全然描かれないんですよね。それがアーサー視点になることでしっかりこの二人にスポットがあたっててよかった~! 本当にかわいかった。それから映画よりもしっかり者の印象を受けた。義理のお姉ちゃんとは違って清濁併せ吞む器量のありそうなメイベル。トミーとのやり取りもかわいくって。というかトミーがかわいくって。メイベルとトミーのシーンはひたすらに微笑ましくて好きでした。

 

この三人の女性とアーサーの関係を全部しっかり描いた上でさばききっていて面白かった。アーサーがむかしガートルードのことを好きだったって設定には少しびっくりしたかも。原作を読んだらそうとも読めるみたいなニュアンスのところだったから。

 

ずっと女性陣のことばかり書いたけど、もちろんアーサーも超かっこよかったし、あとはキャバシャム卿が笑わせてくれるところきっちり笑わせてくれて、いい味を出しているなと思いました。アナスタシアを観たときも思ったけど、主人公を変えたアナザーストーリー作るのがめっちゃうまいですね宝塚。理想の夫が実際に舞台でみれる日が来るとは思っていなかったので(配信だけど)とっても楽しかったです。