ミュージカル『スワンキング』感想

昨年12月、牧田さんがミュージカルにご出演されるときき大変びっくりしてから早半年。発表からずっとずっと観劇を楽しみにしていた作品でした。「日本オリジナルミュージカルの初演」ということで観劇前はどうなるのだろうと不安半分楽しみ半分だったのだけど想像以上にいい作品で、素敵なミュージカルをみたな~という感想。楽曲とアンサンブルのみなさんが大活躍している点が特に好きでした。

 

作品構成について

ストーリーというか作品構成について、簡単に。詳しくは下のキャラクター/役者の項に書きました。

バイエルン王国を舞台に、ルートヴィヒ2世が王位についてから死を迎えるまでの「夢追い」の物語を主軸に話が進む。このメインテーマがかなりわかりやすくできていて、作中いろんなことが次々におこるのだけどその割にストーリーがスッキリとまとまっているのがなかなか凄い。舞台となるバイエルンは「エリザベート」のファンにはなじみのある名前。彼女の生まれ故郷です(反対に言うと「シシィの故郷」であるという以上の認識はなかったのだけど)。

ざっとみるとルートヴィヒサイドの話とワーグナーサイドの話があって、二つが交錯しながら進んでいく。

一幕はとにかく怒濤の展開といった感じ。どん底にいたワーグナーがルートヴィヒというパトロンを得て創作に没頭し(あるいは、国庫を逼迫させるほどの贅沢、国民の反感を買うほどの好き放題をして)ルートヴィヒに見限られるまでを一気に描く。その間にもルートヴィヒとワーグナーを繋ぐ「音楽」に関する物語だけでなくビューロー、コージマ、ワーグナーの複雑な関係であったりワーグナーを追い落とそうとする官僚たちだったり戦争だったりルートヴィヒと婚約者ソフィや弟オットーとの関係だったりが登場してとにかく扱われる要素が多い。これらをほぼ全部一幕で駆け抜けるので展開としてはかなり目まぐるしいのだけど、そのなかでも一貫して「ルートヴィヒの夢とそれがもたらす顛末」が筋として描かれているので置いていかれることなく楽しむことができた。M7の「すれ違う心たち」とか、結構唐突にオットーとテレーゼが出てきて歌うから「急にどうしたの?」って思ったんだけど、すぐにルートヴィヒの孤独を際立たせる場面だとわかるのですんなり受け入れることができた。

反して二幕はかなり要素が減るなあと思った。ルートヴィヒの苦悩がメイン。ワーグナーサイドは資金繰りに苦労しつつもどうにか公演を成功させようと奔走する。……んだけど、一幕のテンポになれてしまった所為か少々冗長に感じてしまった。ルートヴィヒサイドの話は一幕ではあまり描かれなかった彼の内面に寄り添うことができて結構楽しめたのだけどワーグナーサイドの演奏旅行のくだりとか、ちょっと長くて……。もう少し「盛り上がり所」が欲しかったなというのが我儘な感想。それでもラストシーンの絵は綺麗だった。ワーグナーサイドをある意味最後まで書ききらず、ルートヴィヒの夢のなかだけで『ニーベルングの指環』が上演され、成功を収めるラストシーンが美しくて……。史実だともうワーグナーは死んでるから完全に「夢」なんだけど最期まで自分の愛した作品世界の中で息を引き取ることができるルートヴィヒは羨ましくすらある。事前のリリースで「悲劇」って単語がちょくちょく登場していたけど、これ凄いハッピーエンドだよ。「メルヘン王」とも呼ばれたルートヴィヒの「夢」の物語を、それこそ御伽噺の如く綺麗に綴じるラストでした。

 

楽曲について

全体的に楽曲、というか楽曲の使い方が好きだった。楽曲そのものも終演後思わず口ずさみたくなるようなキャッチーなものが多いし、なによりもそれぞれの曲のリプライズのされ方が良い。この演目は非常にリプライズが多いのだけど、そもそも、リプライズというのは観客が気付かないと意味がない。その点、この作品はリプライズされたところですぐに「あのシーンで使われていた曲だ!」と前のシーンとすぐに結びつくので楽しい。一番好きだったのが一幕の最後。M1の「夢の王国へ」が編曲されたものが「ルートヴィヒがワーグナーを見限る場面」で使われているのが本当に好きだった。前述の通りこの作品は「夢追い」の話。ルートヴィヒが深い夢へと沈んでいくこの物語のテーマ曲ともいえる「夢の王国へ」のメロディに乗せて同じ夢を追いかけている人間を切り離すのが、彼の怒りや失望を表しているようで凄くいい。だってあそこは彼にとって「夢の王国の崩壊」なのだ。彼の「夢」だったワーグナーの作品世界が汚された瞬間だ。「夢の王国へ」と同じメロディで怒りを歌うのがこんなに響くシーンもない。

それからやや飛び道具的な形で使われる三官僚の曲「大いなる誤算」。あの曲もとってもいい仕事をしている。メロディがかわいらしく、一幕のコメディリリーフとして動く三人のイメージにピッタリな曲だし、その曲にあわせちょこまかと動く官僚たちもまたかわいい。と、一度聴いた時点でかなりお気に入りの曲だっただけに一幕の後半の敗戦のシーンでリプライズされた時になるほどね……と唸ってしまった。あそこは明るい曲調がかえって物悲しく響いて空しい。

その直前、行軍の場面でマーチがだんだんと兵士たちの声とともに不協和音へと変わっていくシーンは鳥肌が立った。あそこは歌声とオーケストラの相乗効果で不穏さが増していって迫力がありました。

他にも層の厚いアンサンブルをフル活用するかの如く複数の声が重なり合う重厚な音楽が多く聴いていて耳に楽しい。今回本当にアンサンブルさんひとりひとりが強いので、重唱の聞きごたえが凄いんですよね。ナンバー数も多くて楽しかった。

詞がぴったりと嵌るのも国産ミュージカルの強み。それは今作も例外ではなく。私は翻訳ミュージカルの原詞と訳詞のひびきを二重に楽しめるところが好きだし、翻訳モノの魅力のひとつだと思っている。けれどそれはそうとして時折訳詞に首を傾げるミュージカルがあることも事実(直訳が過ぎて音節がうまく嵌ってなかったり日本語に違和感が残ってしまう演目の経験は今年の3月にしたばかりである)。加えて翻訳だとなかなか出てこない詞が登場するのも楽しい。例えば、「心すませ」という言葉は初めから日本語で書かないとなかなか出ない。他にも正確には覚えていないのが惜しいけれど、訳すならあえてこの言葉は選ばないだろうな、というような心地よい日本語が登場して面白かった。思いだせないのが残念なので全曲の歌詞が知りたい次第です。

ところどころM!やエリザが過ることも。作品の性質上仕方がないのだけど。ワーグナーを追い出せ!と民衆が訴える曲は、「HASS!」(エリザ)を思い出さない方が無理だろう。ある程度意識して曲をつけたりもしているのかな。

最後に、楽曲が好きというのを前提に、ちょっとだけ我儘を書くと、もう一曲キラーソングが欲しいなと思ったりもした。これは構成のところで書いた二幕に山場が欲しいという話と重なるのかも。ルートヴィヒに長めの「I want song」とかあったら楽しそうなんだけどな。今回一番印象に残った曲は「夢の王国へ」なんだけど、これはどちらかというと「影から逃れて」(M!)的な立ち位置だと思うんですね(趣旨は全然違うけどポジションの話)。もちろん彼が「ああしたい、こうしたい」というのは作中で散々語られるし歌われるので、必ずしも「I want song」である必要はないけれど、それはそうとして一曲ポーンと歌いあげる曲があったらいいな~って思いました。それこそエリザでいう「私だけに」とかM!でいう「僕こそ音楽」のような。

 

キャラクター/役者さんについて

全体でみると、登場人物にはだれ一人感情移入はできなかったが、その分フラットに作品を楽しめたので良かったな、と思う。キャラクターとしてはそれぞれ魅力的で好きだけれど共感できるかはまた別よね。

(※追記。ここの「だれ一人感情移入できなかった」って感想とか各キャラクターへの印象はいろんな方の感想をよんで結構変わっているのだけど劇場の客席で感じた感想はこの時だけのものなのでそのまま残してます。初演なこともあっていろんな感想を漁るのが楽しいしもっといろんな感想ききたいからもっといろんなひとに観て欲しいよ〜!)

 

好きだった役とか役者さんについて。

まずはルッツの牧田哲也さん。いきなりここ!?という感じだけど牧田さんがいなかったら今回劇場に来てないので……。この演目をみせてくれただけで感謝だし、予想以上にいい役、というか、おいしい役を貰っていて私は幸せだった。一幕はコメディリリーフとして、二幕は厳格な総理大臣として徐々に立場が変化していく姿が見ていて楽しかった。一幕の三官僚で動いているときは三人のなかでは一番下っ端で他二人にちょこちょこついて行っている感じでかわいい。プフォルテンとプフィスタマイスターの言ってることに時折異を唱えることもあって、他二人の悪巧みをあんまりわかってないんじゃないかなって思ったりしました。ルートヴィヒに「今後何かあるときはルッツを通すように」と言われたときに「ええ……」と不服そうに零していたのも面白い。ここでどうしてルートヴィヒにルッツが選ばれたのかがあまりピンとこなかったのだけど、ルッツの(三官僚のなかでは)どこか無邪気なところが純粋なルートヴィヒには魅力に映ったのかなと思います。対して二幕、すっかり権力者が板についてしまったルッツ。ワーグナーへの資金援助のことで国王と言い争う場面の「はぁ?」って顔も好きです!そら既に借金まみれなのに「お城も作るしワーグナーへの資金援助もする!」って言い出したらそんな顔にもなる。最後の国王を陥れてしまおうとルイトポルトに持ち掛ける場面もとってもよかった。ルイポルトを脅す声の響きが凄い好きでゾクゾクしました。この場面でルイトポルトが言う「変わってしまったのは我々の方だ」という台詞を受けるのがルッツなところが良いなあと思いました。だってルッツは誰より変わってしまった。出てくるたびにいつの間にか立場が変わっているので本人の感情の機微というものはほぼ描かれないのだけど、注視しているとルッツ自身王への感情も対応もどんどん変わっていってしまっているのがわかる。見た目すら変わってしまって、ルートヴィヒが選んだ「どこか無邪気なルッツ」はもういない。もちろん立場上そうならざるを得ないから、誰が悪いという話でもないけれど。だからこの台詞への説得力が深まるなと思いました。あと、最初眼鏡も髭もなかったからポスタービジュアルが好きだった私はなくなっちゃったのかと思い哀しかったですが、出世するたびにパーツも増えていったので安心した。

少々心配だったお歌も(そもそも歌割が少なかったのもあるけど)思ったより安定していてよかった。やっぱり声がいい。「大いなる誤算」の振り付けも可愛くて、あの曲をみられただけでかなり満足です。「大いなる誤算の先に」で三宰相が下手から登場するとき、前のプフォルテン(かな?)に勢い余ってぶつかってしまっているところも好きだった。改めて牧田さんのお声が好きなんだよなあ~~と感じた本作です。今後もまたミュージカルに出演してくださったら嬉しいなあ。

 

ビューローの渡辺大輔さん。一番好きだった!!!大ちゃんは一時期縁があり、1789、タイタニック、OYF!、ロミジュリと実はいろいろみている。直近はウェイトレスかな。これまでみた大ちゃんのなかで一番好きでした。ワーグナーの才能に取り憑かれてしまった人の一人。この演目はワーグナーの音楽の才能が故に人生がめちゃめちゃになっていく人たちがたくさん登場するが、その中でも一番不憫なのが彼だと思う。これ以上ワーグナーと妻をかかわらせれば取り返しがつかなくなるとどこかで悟っていながらもワーグナーの才能故に離れられないのが哀れで、それでも指揮を振るう姿が悲壮で、すごく良かった。はじめ、指揮を引き受けるのを躊躇っていたのに楽譜を見た途端それに引き込まれてしまうところが、まさに「取り憑かれたよう」でそのお芝居にこちらも引き込まれた。歌声からも、彼の内面が削られて、ギリギリのところでそれでも「芸術」を選ぶ葛藤が感じられて好き。感情が揺れながらもワーグナーの音楽を体現すべく指揮をふる姿がかっこよくて涙が出ました。二幕の最初がビューローの指揮を振る姿から始まるのも良い。それでも結局はワーグナーとコージマから離れるのが人間らしくて、彼の幕引きの場面まで含め全て好きです。二人から離れる時に、一瞬ワーグナーの作品の行く末を思わずといった形で口走ってから「もう当事者ではない」と言い捨てるところが一番つらかったかもしれない。あれだけ思い悩みながらもなかなかワーグナーのそばから離れられなかったのも、コージマとの離婚を受け入れたのも、結局はワーグナーの才能を愛してしまったからなんだろうな。「芸術家」としてのビューローと「人間」としてのビューローが常にグラグラと揺れているところが本当に良かったなと思います。

 

ワーグナーの才能はまるで災厄のようだと思った。かかわったひとが次々取り憑かれていろんなものを失ってまでワーグナーの音楽を愛そうとする。どこか恐ろしくすらあるけれど、その楽曲を生み出している本人は人間味あふれる人物だというのがまたアンバランスでこの作品の魅力のひとつになっている。ワーグナーの才能の部分も生々しい人間の部分も硬柔自在に演じてらした別所さんは見事の一言に尽きる。

ルートヴィヒは、ワーグナーに出会いさえしなければ「狂王」と呼ばれることもなくもしかすればもっと幸せになれたのかもしれないんだけど、ワーグナーに出会ったことが彼にとっての幸せなんだよなあって思いました。作品の底にあるのはもしかすると『だからビリーは東京で』とかと一緒なのかもしれない。あれも演劇にさえ出会わなければもっとまともな人生を歩けたけど演劇に出会えたことが人生の幸せだって話だから。19世紀後半のヨーロッパのミュージカルをみてコロナ禍の小劇場劇団をテーマにした芝居を思い起こすのも面白い。

演じる橋本良亮さんはとにかく立ち振る舞いが美しかったなという印象。流石、舞台の上での「魅せ方」がわかっている感じで、王としての気品ある立ち振る舞いが素敵だった。あとゆったりした袖のお衣装を綺麗に着こなしていらして、衣装捌きはねねちゃんとならび流石だなと思った。一幕の最後のワーグナーとコージマの不貞を知り激昂する場面の表情は、直前まで二人の関係を疑っていなかった純粋な表情から一変して怒りに染まるのが美しい。それからM1「夢の王国へ」で、橋本さんとねねちゃんがそれぞれ「互いの幻影」と踊るような演出がついているのがとても好きだった。もう「夢の中」に沈んでしまったルートヴィヒと未だ生きているエリザベートの間にはどうしようもない断絶があるけれどそれでも二人の繋がりを感じるし、なにより二人ともダンスが惚れ惚れするほど上手い!しっかり踊れる二人でないと成り立たないだろうから、お二人の強みであるダンスを活かした演出で素敵。ただこの曲、橋本さんのねねちゃんがやや複雑なメロディを交互に歌うところでお二人とも若干不安定なところがあったのは惜しかった。あそこはメロディが凄く好きなだけに勿体ない〜と思ってしまった。重唱になると一気にアンサンブルに呑まれてしまうのも惜しいな、と思う。

シシィについて、先に鏡の間のドレスが登場することは知っていたのだけれど一幕を観た時点でこれでどう出すんだ?と思っていたので、あの登場の仕方なら納得。ルートヴィヒの「夢の象徴」として出てくるのであればエリザベートといえば!というドレスで現れるのも納得だし、夢咲ねねさんが演じるのは大正解だと思った。絶世の美貌に対する説得力がありすぎる。実際鏡の間のドレスを着たねねちゃんは夢のように美しかった。シシィは出番としてはかなり少ないのだけど、要するにルートヴィヒの「夢の案内人」のような存在なので、ところどころで象徴的に存在するのがいいのかなあ……。鏡の間のドレス以外は全て衣装が黒一色なのも意味深だなと思ったりした。それと当然ながら『エリザベート』で描かれる姿とは随分違う。彼女を慕っていたルートヴィヒ目線なので好意的に描かれるのは当然なのかもしれない。

 

そしてそして今回本当に大活躍だったアンサンブルのみなさん。まさか、堤梨菜ちゃんのお歌がこんなに聴けるとは思ってなかった。大感謝。ソフィの透き通るような美しいソプラノはずっと聞いていたいほどだったし、「怒りの祝祭」の重唱でひとり哀し気な高音を響かせるところも最高でした。ほぼプリン並みに歌うので、こんなに歌多いならもっと宣伝して!!という気持ちになる。17年夢醒め好きなオタクが釣れそうだけどな……。ミンナの彩橋みゆさんも最期の切なげな声が胸を打ったし、安福さんのスコーンと聞こえる声も好き。ほんとうにアンサンブルさんの層が厚い、強い、素晴らしい。実際、本演目における歌唱力の部分はかなりの部分アンサンブルのみなさんに支えられていると思う。お一人お一人に見せ場があるので、アンサンブルさんのオタクは絶対に楽しい。12人とは思えないほどの声量なのでカーテンコールでアンサンブルさんが揃っているところをみて改めて人数の少なさに驚いた(あと折角だからカーテンコールは精霊衣装じゃなくてみなさん名前付きの役をされていた時の衣装がいいな……)。

 

もっとミュオタに観て欲しいな~となる。んだけど、やっぱり国産のオリジナルミュージカル初演は手を出しあぐねるのもわかる。私だって牧田さんが出ていなければ絶対にスルーしていた。

プリンシパルにあと一人か二人メインフィールドがミュージカルの役者が多ければ勧めやすいし、広まりやすいと思うんだけどな。口コミで集客しようにもそもそも観ているミュオタが少なくていつもミュージカルを観ている層まで感想が届いていないように思う。そして届く頃にはもう東京で土日の公演が残っていないという……。東京の公演期間がな~せめてあと二日……うぬん……。

東京公演残り4日と全国公演、この演目が少しでも多くの人の目に留まりますように!